シンガポールのビジネス情報サイト AsiaXビジネスTOP[第1回]シンガポールの裁判所

シンガポール司法八方

2015年12月7日

[第1回]シンガポールの裁判所

裁判所は、司法権という国家権力の担い手であるとともに、市民が司法サービスを利用する場所でもあります。そのため、本来は市民にとって身近な存在でなければならないはずの裁判所ですが、ほとんどの方がどのようなところか知らないというのが実態ではないでしょうか。

 

■国家裁判所と最高裁判所
シンガポールの裁判所は、国家裁判所(State Courts)と最高裁判所(Supreme Court)の2つに大別されます。国家裁判所は、裁判の性質や訴額に応じて、地方裁判所、少額裁判所、治安判事裁判所、家庭裁判所、少年裁判所等いくつかの専門裁判所に区分けされています。最高裁判所は、第一審に対する上訴や訴額が高額なケース等を審理する高等法院(High Court)と、その上級審である上訴院(Court of Appeal)に分かれています。
国家裁判所は、上空から見るとアスタリスク(「*」)のような形をしている白亜の建物です。これまで下級裁判所(Subordinate Court)と呼ばれていましたが、2014年3月に改名し、国家裁判所となりました。地上9階建てで、中央部分に巨大な吹き抜けがある南国のリゾートホテルを思わせるような解放的な建物です。法廷は26室あり、国内の各種事件を取り扱っています(2014年度の取扱い事件総数は合計32万4,250件)。
一方、最高裁判所は、地上9階建て、商業ビルの様な外観で、最上階がUFOのような円盤の形状をしている近未来的な建物です。その隣には、イギリスの植民地時代に建築された旧最高裁判所(現在はナショナルギャラリー・シンガポール)が今もなお現存しており、こちらはロンドンのセントポール大聖堂を真似たドームが特徴的です。

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国家裁判所の外観。MRTチャイナタウン駅から徒歩10分の場所にある。

法廷は、国家裁判所と最高裁判所とで様相が異なります。国家裁判所の法廷内は、白亜の外観とは一変した、重厚な木目調で統一されています。法廷に入ると、正面には裁判官の座る法壇があり、その横には国旗が掲揚され、国章が裁判官の頭上に掲げられています(日本では法廷内に国旗や国章を掲揚しません)。以前は、シンガポールでもイギリスと同様、一般国民が裁判の審理に参加する陪審員制度が採用されていましたが、現在は廃止されているため、陪審員席はありません。一方、最高裁判所の法廷は、円形の現代的な会議室といった雰囲気です。壁の配色は白をベースとしつつ法壇の背後のみ真紅というデザインで、国旗の色をイメージしています。8階までは高等法院の法廷が配置されており、最上階のUFOのような部分にたどり着くと、そこには上訴院の法廷があります。

 

■裁判官の法服
シンガポールの裁判官は日本と同様、黒色の法服を身に纏っています。弁護士は黒のスーツ上下に白いワイシャツという装いで、男性は黒いネクタイを締めるのがルールとなっているようです。最高裁判所の法廷内ではさらに、弁護士も裁判官と同じ黒色の法服を着用します。ちなみに、20年程前までは統治国であったイギリスの法曹慣習に従い、裁判官や弁護士は西洋風の白いかつらを着用していましたが、現在これは廃止されたそうです(熱帯の気候には適していなかったのかもしれません)。当時のかつらは、最高裁判所1階の展示コーナーで現物を見ることができ、イギリス統治によるシンガポール司法への影響を目の当たりにすることができます。

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MRTシティホール駅から徒歩10分の場所にある現最高裁判所と、現在は
ナショナルギャラリー・シンガポールになっている旧最高裁判所の外観。

■日本と異なる裁判の様子
裁判の様子は、日本と大きく異なります。日本の裁判は書面が中心であるため、法廷内で活発な議論を聞く機会はあまりありません。これに対しシンガポールでは、審理の当日に裁判官に対して自らの主張を証拠とともに口頭で説得的に説明することが求められます。裁判官は不明な点や疑問等があれば弁護士にどんどん質問を浴びせてくるため、弁護士も必死に対応します。もう一つ大きな特徴としてITの充実が挙げられます。書類や証拠は全てデータ化し、オンラインで裁判所に提出されます。審理中は主張書面や証拠が、法壇上、各当事者席および傍聴席にあるスクリーンに映しだされ、その場にいる全員が内容を確認することが可能です。裁判手続におけるITの促進は日本でも議論が進められていますが、シンガポールの方が進んでいるといえるかもしれません。
このように日本とは様々な点で異なるシンガポールの裁判所ですが、誰でも自由に見学し、また裁判手続を傍聴することが可能です。裁判所が主催する見学ツアーもありますので、一度足を運んでみてはいかがでしょうか。シンガポールの司法文化が感じ取れ、裁判所の「近寄りがたい」あるいは「怖そう」といったネガティブなイメージが一変するかもしれません。

Mr-Nohara野原 俊介(のはら・しゅんすけ)
2006年弁護士登録。光和総合法律事務所に入所後、主にM&A、一般企業法務、紛争解決法務等に従事。2015年5月に米国シカゴのノースウェスタン大学ロースクールの法学修士課程を卒業。2015年8月に渡星し、ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所において、東南アジア各国に進出する日系企業の法的支援に従事している。

 

協力:ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所
http://www.kcpartnership.com/

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.293(2015年12月07日発行)」に掲載されたものです。

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