2016年1月1日
[第2回] シンガポールの裁判は 世界一?
シンガポールには、生活費の高さ、住みやすい都市環境、罰金刑を伴う珍しい法律の多さなど、世界一と評されるものが多くあります。昨年10月、世界銀行が発表した「ビジネス環境の現状2016(Doing Business 2016)」の報告書によると、ビジネスがしやすい国としてもシンガポールが世界一に選ばれました(日本は34位)。そのうち評価基準の1つとなったのが「契約執行の容易さ」。これは手続きのスピード、コスト、効率性などを考慮した民事裁判手続きに対する評価であり、その点においてもシンガポールは世界一と評価されています(日本は51位)。 ドラマや映画の中でなら裁判を見たことがあっても、実際に経験または傍聴したという人はそれほど多くないでしょう。ましてやシンガポールの裁判にいたっては、具体的な手続きの方法など、過程をよく知らない人が多いと思います。そこで今回は、日本と比較したシンガポールの民事裁判の特徴をいくつか紹介します。
■短い日程で行われる当事者間の主張のやりとり
裁判では、まず原告が自分の求める請求内容を記載した書面 (Statement of Claim)を裁判所に提出し、続いて被告が自分の主張を記載した答弁書(Defence)を提出します。その後、原告と被告が順番に主張・反論を書面にて出し合います。これを訴答手続き(Pleadings)といいます。日本でも各当事者が順番に主張し合う構造は概ね同じですが、日星間では手続き進行のスピードに大きな差があります。 日本の裁判の期日は1ヵ月に1回程度、当事者の主張も同じペースで行うので、主張当事者にとって書面を準備する時間は十分に与えられます。一方で、裁判はなかなか進みません。一般的に判決までに1年以上はかかり、2、3年以上を要することも多く、裁判の途中で担当裁判官が異動で交代し、裁判官の心証が逆転するといったサプライズもよく見受けられます。
シンガポールの場合、原則として各書類提出の期限が14日ごとに設定されており、短い日程で書面を準備します。当事者の負担はとても重く、訴訟専門のチームを設けている法律事務所も多いです。その分裁判に要する時間は150日程度で、裁判が速く進むとの評価を受けています。
■日本より進んでいる裁判手続きのIT化
日本では裁判書類の提出を紙媒体で求められ、FAXが通信手段として用いられており、電子メールでの書類提出は認められていません (外国人の法曹たちからはよく驚かれます)。これに対してシンガポールでは、電子メールによる書類提出が認められているなどITを活用しており、手続きが効率化されています。
■相手方に手持ち証拠を開示
日本では原則として、自分の手持ち証拠を自らの選択とタイミングで提出するのがルールです。例外的な場面を除いて、相手方に証拠の開示、提出を強制することはできません。そのため、当事者が隠し玉の証拠を温存しておいて相手方に先に主張・証言させ、後になってそれを覆す証拠を提出してどんでん返しを狙うケースも見受けられます。 シンガポールでは、自らが保有する証拠文書のリストを互いに開示し (弁護士とのやりとりなどの情報は例外的に保護されます)、相手方に対して希望する文書の開示を求めることができる「ディスカバリー」制度が採用されており、ここでも手続きの迅速化・効率化が図られています。
■証人尋問はじっくりと
証拠開示手続きが終わると、正式事実審理(Trial)に入り、公開法廷で証人に対する尋問を行います。各証人に対する尋問が半日程度で終わる日本と異なり、シンガポールでは各証人に対してそれぞれ2~3日程度かけてじっくりと尋問が行われます。この点では、手続きの迅速化よりも慎重さが重視されています。これが終わると、日本と同様、公開法廷にて判決が言い渡され、判決に不服がある当事者は上訴ができます。
■タイムチャージによる弁護士費用の支払い
シンガポールでは、日本で一般的な着手金・成功報酬型の弁護士費用の支払い方法が禁止されており、弁護士の作業時間をベースに報酬額が決まるタイムチャージ制が採用されています。「ビジネス環境の現状2016」の報告書によれば、日本では弁護士費用が裁判における請求金額の18.5%程度と分析されていますが、シンガポールでは同割合が20.9%程度と分析されており、費用面では日本の方が当事者に優しいということになります。
このように、シンガポールの裁判手続きは日本と大きく異なります。それは元々の法体系の違いに由来するところもありますが、イギリスの影響を受けながら独自のルールも取り入れた結果、シンガポールの裁判手続きが世界一とも評価されているのは、ビジネスがしやすい国になるための国策の1つとしての現れでもあるのでしょう。
高橋 宏行(たかはし・ひろゆき)
東南アジアにおける日系企業の活躍に貢献したいとの思いから、2015年8月に渡星。ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所に所属し、日本法弁護士として培ったビジネス法務の経験や米国ロースクールへの留学経験、東南アジアでのネットワーク等を活用しながら、東南アジア各国に進出する日系企業の支援に日々奮闘している。
協力:ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所
http://www.kcpartnership.com/
この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.294(2016年1月1日発行)」に掲載されたものです。