2016年2月1日
[第3回]こんなに厳しい! シンガポールの刑事司法制度
No Littering(ポイ捨て禁止):Fine $1,000」「No Eating or Drinking(飲食禁止):Fine $500」。街中いたるところでこういった標識を目にするとおり、シンガポールはゴミがあまり落ちていない美しい(Fine)国である反面、ゴミ1つ落とせば罰金(Fine)という規律と罰則に厳しい国でもあります。巷では、「Fine Country」という掛詞まで普及し、土産物屋ではそれをモチーフにしたTシャツが売られているほどです。
実は、シンガポールはゴミのポイ捨てのような軽犯罪に対する罰金に留まらず、その他の犯罪と刑罰、そしてそれを裁く刑事手続全般において、日本よりもはるかに厳しく、「ついうっかり」でも一線を越えてしまえば、私たち外国人にも容赦なく刑罰が科せられます。そこで今回は、シンガポールの刑事司法制度の一部をご紹介します。
■シンガポール特有の犯罪と刑罰
シンガポールでは、「目には目を、FineにはFineを」とでも言うべき、美観を汚す行為には罰金を、という発想が徹底されています。例えば、ゴミやタバコのポイ捨て、電車内での飲食、唾を吐くこと、公共の場での泥酔、公共のトイレで流し忘れ、国内へのガムの持込などは禁止。違反すれば、概ね500~1,000Sドル程度の罰金刑、ガムの持込は最大1万Sドルの罰金刑です。美観維持に限らず、運転者が公道に駐車し車内で酔いを覚ますのも禁止、罰金となります。
刑罰も日本より厳格です。罰金や国外強制退去はもちろん、例えば、飲酒運転初犯でも6ヵ月未満の禁固刑(初犯は罰金のみもあり)、2度目で12ヵ月未満の禁固刑、特定の違法薬物を一定グラム以上国内に持込めば死刑! 見知らぬ人に頼まれた、という言い訳はなかなか通用しません。また、刑に執行猶予がつかず、たとえ飲酒運転や万引きであっても、高い確率で刑務所に収監です。未成年者に対しても、程度の差こそあれ容赦ありません。その上、比較的軽い犯罪でも実名報道されることが多く、社会的制裁までも厳しい。さらには、日本では「残虐な刑罰」としておそらく憲法上認められないであろう鞭打ち刑があります。わいせつ行為、オーバーステイ、公共物への落書きなどの罪を犯すと、50歳未満の男性の場合に限り、鞭打ち刑の対象となります。鞭打ち刑は、ラタンという頑丈な素材の鞭で尻を最大24回まで叩かれ、屈辱感と、連日夜も眠れない位の激痛を与える強烈な制裁です。
このように規律が厳しいのは、多民族の統制を図り、理性的な国家を作り上げるという故リー・クアンユー元首相によるシンガポール独自の政策に由来するそうです。
■軽微な犯罪でも逮捕されやすい!
日本と異なり、軽微な犯罪を除く一定の犯罪については、裁判所の発布する令状なしで逮捕がなされ、これには万引きなどの窃盗、強制わいせつ、住居侵入まで広く含まれます。日本の刑事ドラマで見るような「逮捕したけりゃ、令状を持ってこい!」という防御は通用しません。仮に、この種の犯罪でなくても、警察官の職務を妨害した場合などには、令状なしで逮捕されます。たとえ自分に正当な言い分があったとしても、警察官への抵抗は逮捕の危険を伴います。他にも、HDB住宅の室内で裸になっていた男性が、近隣住民による警察への通報によって逮捕されたニュースなどが、比較的軽い犯罪でも逮捕されやすい現実を物語っています。
■手厚いとはいえない被疑者の権利
被疑者には日本と同様、弁護人を依頼する権利が憲法で保障されていますが、日本と異なり、実際には捜査の必要性との兼ね合いから、必ずしも速やかに弁護人と面会できるとは限りません。
また同じく黙秘権も認められ、自分が話したくないことを話す必要はありませんが、日本と異なり、黙秘したことが後の手続で不利益に扱われ得る場面も存在します。こういった点にもシンガポールの刑事手続の厳しさが見られます。
令状なしで逮捕された人は、保釈されなければ原則として逮捕から48時間以内に起訴され、その後有罪を認めるか否かが聞かれます(罪状認否手続)。ここで有罪を認めると、そのまま有罪判決が下されます。無罪を主張すると公開法廷で審理を行いますが、結果的にはほとんどが有罪判決であり、この点は起訴されたら有罪率99%の日本とそれほど変わらないようです。
こういったシンガポールの刑事司法制度の厳しさを知ると怖く感じるかもしれません。ですが、これらの厳しい制度があるからこそ、シンガポールの安全や美観、秩序が保たれ、世界一住み心地が良い国と言われるまでになったとも言えます。シンガポールでの貴重な生活、善良な市民として「Fine Country」の「美しい」側面のみを享受したいところです。
高橋 宏行(たかはし・ひろゆき)
東南アジアにおける日系企業の活躍に貢献したいとの思いから、2015年8月に渡星。ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所に所属し、日本法弁護士として培ったビジネス法務の経験や米国ロースクールへの留学経験、東南アジアでのネットワーク等を活用しながら、東南アジア各国に進出する日系企業の支援に日々奮闘している。
協力:ケルビン・チア・パートナーシップ法律事務所
http://www.kcpartnership.com/
この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.296(2016年2月1日発行)」に掲載されたものです。