AsiaX

近く要件緩和へ、シンガポールの起業家ビザとは?

シンガポールで働く場合に必要なビザは何かと聞かれたとき、多くの人はエンプロイメント・パス(EP)やSパスなどを思い浮かべるのではないだろうか。今年1月からEPの新基準が適用され、シンガポールでの就労は難しさを増しているのが現状だが、その一方で起業家ビザ(EntrePass)の発行要件が緩和される見通しであることはご存知だろうか。このビザの概要や、取得するメリット、今年3月に発表された要件緩和の内容などについて取り上げてみたい。

 

起業家ビザとは?
起業家ビザとは、シンガポール政府が海外から優秀な人材やビジネスを受け入れることを目的に、2004年に導入したもの。先進的な技術を持ったスタートアップを誘致することでシンガポールの産業を発展させるとともに、シンガポール人の雇用創出や消費への貢献も期待されている。対象となるのは、医療や環境、製造業などでのイノベーティブなビジネスで、シンガポールで会社を立ち上げる、または他国で立ち上げた会社をシンガポールに移転する場合が対象となる。

 

申請から取得までの流れ
321web_Figure2

 

起業家ビザ取得のための条件(2017年4月時点)
● 起業から1年以内にシンガポール人を2人以上雇用する
● ビジネスプランは、先進技術を活用した医療・環境などイノベーティブな分野のものであること
コーヒーショップやホーカーセンター、バー、ナイトクラブ、マッサージ店などは認められない
● シンガポール法人(Pte Ltd)として登記する
● 登記から6ヵ月以内に事業を開始する
● 起業家が立ち上げる法人の30%以上の株主になる

 

ビザの有効期限が残り3ヵ月以内になると、更新手続きが可能になる。現在のスキームでは、更新により1年間ビザが延長され、ビザを保有している期間が長くなるほど、より多くのシンガポール人を雇用し事業費支出を増やす必要がある。

 

321web_Figure配偶者や子供、両親をシンガポールに連れてきたい場合、初回の取得時にはできず、一度ビザを更新する必要がある。また事業の規模によって条件が変わってくるのもポイントだ。事業費支出が15万Sドル以上で、シンガポール人を4人以上を雇用すれば、配偶者と子供を連れてくることができる。両親を連れてきたい場合は30万Sドル以上を支出し、シンガポール人を8人以上雇う必要がある。

 

ビザの種類については、法的に婚姻関係を結んでいる配偶者および子供(21歳以下で未婚)の場合は配偶者ビザ(DP)、両親および事実婚による配偶者、子供(21歳以上で障がいがあり未婚、または21歳以下で未婚で養継子)の場合、長期滞在パスがそれぞれ与えられる。


要件緩和、その内容は?
シンガポールのビザ事情に詳しい、フェニックス・アカウンティングの倉谷眞紀さんは緩和措置について、「シンガポールの経済がスローダウンする中、EPの条件を厳格化して外国人の単純労働者を減らす一方で、シンガポール人の雇用を増やし、付加価値の高いビジネスをもたらす起業家を誘致することにしたのではないでしょうか」との見方を示す。

 

詳細な導入時期は未定だが、これまで必要だった最低5万ドルの資本金が不要となり、ビザの期限が2年に延長されるのがポイントだ。これまで、初回の発行時の有効期限は1年で、1年後に再審査が行われ、認められればさらに1年延長されるという仕組みだった。「資本金の規制がなくなれば小規模な事業にも起業家ビザを使えることになりますし、有効期間が伸びることで長期的な計画が立てやすくなります」と倉谷さんは指摘する。

 

このほか、評価の基準についても緩和される見通し。従来の条件として
①10万Sドル以上の出資を、シンガポール政府が認めたベンチャーキャピタルやエンジェル投資家から受けられる
②政府機関に登録された知的財産を保有している
③シンガポール科学技術研究庁(A*STAR)またはシンガポールの高等教育機関との間で何らかの共同リサーチを行っている
④シンガポール政府の起業支援事業の対象になっている
―のいずれかを満たすことも必要だったが、これらに該当しなくても申請が通る可能性が出てくる。

 

シンガポール政府も起業家の育成には力を入れており、シンガポール国立大学は「NUS enterprise」と呼ばれるプログラムを通じて起業をサポートしている。またシンガポール政府は昨年11月に、国営企業であるSGイノベートを設立。スタートアップ企業を支援するため事業資金の提供などを行う方針を掲げており、スタートアップ企業のための環境整備が進んでいる。

 

「今までの評価基準では、実質的にこのビザが適用されるケースはほとんどありませんでした」と倉谷さんは話す。業種は限定されるものの、学歴や最低給与などの制限がない起業家ビザ。以前から温めていた事業のアイデアがあるという人にとっては、要件の緩和によって今後チャンスが広がることが期待できるかもしれない。

 

主な変更点
● 5万Sドルの資本金が不要に
● 有効期限が2年に延長
● 審査基準が緩和

 

インタビュー
シンガポールでの起業家ビザ申請のメリットとは?

―シンガポールで起業するメリットとして、どのような点が挙げられますか。

シンガポールは東南アジア諸国からのアクセスも良く、アジアをターゲットに事業を展開するにはうってつけの場所と言えます。また治安の良さや法人税率の低さ、さらには英語が公用語で、インフラ面が整備されているといった利点から、シンガポールにヘッドクォーターを置く企業も多く、情報が集まりやすいのも利点です。

 

コスト面でもさまざまな利点があります。金融業が発達しており資金調達がしやすく、外資規制も周辺国と比べると厳しくありません。いろいろな意味で、シンガポールはスタートアップに持って来いの環境があるといえるのではないでしょうか。

 

―シンガポールでは、自分で会社を設立してEPを取得することもできますが、起業家ビザを取得する場合と比較した際のメリット・デメリットは何でしょうか。

以前の基準では、起業家ビザの要件が厳しすぎる一方で、起業家が会社を設立してEPを取得することが非常に容易であったことから、ほとんどのケースで会社設立+EPの取得による方法が用いられてきました。

 

EPを取得するメリットとして、起業家ビザと違い業種に制限はなく、起業家ビザでは対象外となっている飲食関連のビジネスでも立ち上げることができる点が挙げられます。このほか起業家ビザの場合、シンガポール人を雇用することが前提になります。自分で会社を設立する場合もシンガポール人を雇うことが望ましいですが必須ではありません。実際に、日本人がこちらで立ち上げた企業の中には、社員が当初は日本人だけのところもあるため、そういった小規模の起業の場合は、EPの方が適しているかもしれません。

 

ただし、今後起業家ビザの要件が緩和されて使い勝手が良くなっていけば、このビザを利用するメリットも大きくなるでしょう。例えば起業して複数の企業(例えば持株会社と事業会社)を設立する場合、EPでは、複数の企業の役員(業務執行を行う)を同時に務めることができないという制約があります。また会社のオーナーとして配当を得ることを目的に、経営をシンガポール人などに任せるケースもあるかもしれません。このようなケースに柔軟に適用できるよう、起業家ビザの要件について改正されれば、そのメリットも大きくなります。

 

―起業家ビザの申請が通りやすくなるためのポイントについて教えてください。
しっかりとした事業計画を練ることが重要です。その起業家がどんなバックグラウンドを持っていて、その経験が実際のビジネスプランとどれだけリンクしているかは、審査の際にも重要になります。両者の整合性が取れていないと、当局から実現可能性について問われることもあるでしょう。

 

先進的な技術を受け入れ、シンガポール人の雇用を確保するという、シンガポール政府の主な狙いを念頭に置いて計画を作成することもポイントになるでしょう。今後、シンガポールで日本人による起業が増えると良いですね。

 

Phoenix Accounting
Singapore Pte. Ltd.
Japanese Coordinator
倉谷 眞紀さん