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シンガポール星層解明

2019年2月12日

シンガポールから日本のベンチャー企業への 投資が少ない理由

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経済開発庁が新機軸、ベンチャーキャピタルの役割も
(2019年1月7日)
https://www.asiax.biz/news/48775/

 

配車サービス大手Grabへの投資を筆頭に、ベンチャーキャピタルによる投資でシンガポールの存在感が鮮明になっている。その背景のひとつには、官民による起業エコシステムの整備により、シンガポールでは人材や資金の調達が周辺諸国に比べて容易な点が挙げられる。またカカクコムを中心に、日本からシンガポールのベンチャー企業に投資をする案件は目立つ一方、逆にシンガポールから日本のベンチャー企業に投資する案件は少ないように見受けられる。本稿では、両国間でのベンチャー企業に対する投資の状況を考察すると共に、実際の投資事例や現場で遭遇する実例を基に、潜在的な課題に考えを巡らせたい。

 

盛り上がるベンチャー企業への投資
シンガポールは域内の投資のハブ

 

 東南アジアのベンチャーキャピタル(以下VC。銀行や投資家などから集めた資金でファンドを組成し、立ち上げ期のベンチャー企業に対して投資を行う組織)やプライベートエクイティ(主に成長・成熟期にある未上場企業の株式の取得・引受を行う組織)による投資で、シンガポールの存在感が鮮明になっている。昨年10月に発表されたレポートによると、2018年4~6月期に東南アジアでは36案件に約13億米ドル(約1,413億円)が投資されており、その中でシンガポールは半分以上の20案件、7億3,900万ドル(約803億円)を占めている(EY調べ)。

 そのシンガポールにおけるVC投資先の筆頭格が、当地を拠点とする配車サービス大手のGrab(グラブ)。2018年1~3月期にはVCから25億米ドル(約2,718億円)の資金を調達し、期中の調達額で世界1位を記録している(KPMG調べ)。グラブに対しては、日本からもソフトバンクグループが2014年に2億5,000万米ドル(約271億円)を出資したのを皮切りに、2018年にはトヨタ自動車が10億米ドル(約1,087億円)、ヤマハ発動機が1億5,000万米ドル(約163億円)の出資をそれぞれ発表している。また、昨年12月のロイターの報道によると、ソフトバンクグループのビジョン・ファンドは、近くグラブに15億米ドル(約1,630億円)を追加出資する見込みという。2018年1~6月期の日本国内のVCの投資総額が708億円(VEC調べ)と比較すると、グラブに対するソフトバンクの投資がいかに巨額であるかが分かる。

 シンガポールが東南アジアのベンチャー企業のハブとして盛り上がる理由のひとつには、官民による起業エコシステムの整備により、人材や資金の調達が周辺諸国に比べて容易な点が挙げられる。また、ジョージ・ソロス氏と立ち上げたファンドから37歳でリタイアした後にバイクと車で二度世界を一周した冒険投資家のジム・ロジャーズ氏や、フェイスブックの共同創業者であるエドゥアルド・サベリン氏、旧村上ファンドの村上世彰氏、ソフトバンクグループ創業者の孫正義氏の弟である孫泰蔵氏など、名だたる投資家がシンガポールに移住して投資活動をしている事実は、シンガポールが投資家のハブとしても優位な点を示している。

 

拡大するシンガポールへのVC投資
カカクコムは2年間で3社に出資

 

 巨額の資金調達を続けるグラブの陰に隠れて目立った報道はされないが、シンガポールのベンチャー企業に対する日本からの投資は拡大の傾向にある。図1の通り、報道などで公表されている案件のほぼ全てが、ネット小売、人口知能(AI)、モノのインターネット(IoT)、移動サービス(MaaS)など最新技術を活用するスタートアップへの投資であり、投資先の企業は調達した資金をさらなる技術の開発や人材確保、そして域内を中心に他国市場での事業展開のために利用している。
 中でも積極的と見受けられるのが、当地で複数のベンチャー企業に投資しているカカクコムと東京大学エッジキャピタル(UTEC)である。価格比較サイト「価格.com」やレストラン検索・予約サイト「食べログ」などを運営するカカクコムは、海外展開の一環として、東南アジアへの投資を続けており、2017年には金融比較サイト「MoneySmart.sg」を運営するCatapultVentures、2018年には女性向けオンラインファッションブランドのLove, Bonitoに加えてレストラン向けセルフオーダーシステムを展開するTabSquareと、シンガポール発のベンチャー企業3社に出資している。またUTECは、アジアで初めての投資案件として、心疾患の可能性を短時間で診断するサービスを提供するTricog Healthに出資し、日本でのパートナーとなる医療機器メーカーや医療機関との連携を支援するとしている。同様に、がんや感染症などの免疫療法の開発に役立つ解析技術を保有するimmunoSCAPEへの出資では、日本の大手製薬会社や研究機関との連携を支援するとしている。
 また日本からはシンガポールのベンチャー企業のみならず、ベンチャー企業に投資をするVCファンドへの投資も活発な動きを見せている。一例として、シンガポールの代表的なVCのひとつであるGolden Gate Venturesは、2018年に1億米ドル(約108億円)規模となるファンドの調達をクローズしており、孫泰蔵氏が率いるミスルトウや三井不動産などが出資している。

 

 

少数にとどまる日本へのVC投資
アジア展開を見据えた投資家の選別も

 

 シンガポールから日本のベンチャー企業に対する投資も、案件の数は少数ながら存在する。
 シンガポールのVCのiGlobe Partnersは、未来創生ファンド、みずほキャピタル、UTECなどのファンドと共同で、2018年初頭に産業用ドローンの開発などを手掛けるドローンベンチャーの自律制御システム研究所(ACSL)に計21.2億円を出資している。ACSLが開発する産業用ドローンは、既存の出資者でもある楽天が既に実際の配送での利用に向けて試験を重ねており、ACSLはiGlobe Partnersなどからの増資によって、シンガポールをはじめ海外への進出を見据えた技術開発を加速させるという。
 またクラウド会計ソフトを提供する日本発のベンチャー企業freeeは、2014年にシンガポール政府が所有する投資会社Temasek傘下のPavilion Capitalから資金を調達している。その際に、投資家の所在地が過去に資金調達をしたシリコンバレーからシンガポールに変わった理由として、将来的にはアジアが海外展開の主戦場になることを想定してアジアに強い知見を持つ投資家が適している点を挙げている。

 

投資目的は明確で一貫しているか
語学力が投資の成否を左右する可能性

 

 これまで日本とシンガポールの両国間でのベンチャー企業に対する投資の状況をみてきた。最後に2点ほど潜在的な課題に言及して本稿を締めくくりたい。
 1点目は、投資目的の明確性および一貫性の欠如。前述したUTECによるヘルステックおよびバイオテックのスタートアップに対する案件では、東京大学の研究内容の補完が期待される分野における最先端技術への投資という点で投資目的がブレていない。一方で、カカクコムが出資している金融比較サイト、女性向けファッションEC、飲食店向けソリューションの事業においては、カカクコムの本業との間で事業シナジーを創出していくのは容易ではないとみる。また財務リターンを期待するにしても、カカクコムの出資金や知見を活用した上で3社がそれぞれのサービスを強化し、また日本を含めたシンガポール国外で事業拡大を図っていくことは、並大抵の関与ではできない。
 2点目は、語学力を中心とするコミュニケーション能力の問題。良い投資先や投資家の発掘から適正な投資条件の交渉、さらに投資によるシナジーやリターンを計画通りに実現していく上では、投資家と投資先企業との間で円滑なコミュニケーションが大前提となる。しかしながら、伝えたい内容を英語で上手く表現できない日本側の担当者と、それが理由で踏み込んだ内容を議論できない状況にもどかしさを感じるシンガポール側の担当者が対峙する場面に遭遇する機会は少なくない。
 シンガポールから日本のベンチャー企業に対する投資の件数が少ないであろう理由の一つには、この語学力の問題が関係しているように思える。すなわち、シンガポール側の投資家は、仮に投資を検討するに値する日本のベンチャー企業に遭遇しても、日本側の語学力の劣後が理由となって投資後の日本国外への展開に疑問符が付いたり、交渉が円滑に進まずに決裂する傾向があるのではないか。
 一方で日本側の投資家は、英語が話せないことからシンガポールのベンチャー企業の事業内容の精査や経営者との信頼関係構築が十分にできず、案件選別に甘さが残るまま「投資ありき」の姿勢で判断を下してしまうケースがあるのではないか。仮にそうである場合、事業シナジーや財務リターンが望めないのは言うまでもない。
 
 
 

316web_book_10_mr-yamazakiプロフィール
山﨑 良太
(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

この記事は、シンガポールの日本語フリーペーパー「AsiaX Vol.342(2019年2月1日発行)」に掲載されたものです

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