自転車シェアリングのオフォ、当局が免許取り消し
(2019年4月23日)
https://www.asiax.biz/news/49851
自転車を有料で貸し出すシェア自転車の大手3社が、シンガポールから姿を消した。シンガポール特有の公共交通網や道路環境、そして熱帯気候が、普及する上でのボトルネックになったとみる。本稿では、シェア自転車が現地消費者の行動様式を変えるには至らなかったそれらの背景に加えて、代わって登場したシェア電動スクーターの将来性や、シェア自転車が失敗する本質的な理由を考察していきたい。
目次
大手3社が2年で市場から撤退
多額の資金で価格競争の消耗戦に
シンガポール発のoBikeは、サービス開始からわずか18ヵ月後の2018年6月に当地での営業を停止した。街路に放置されるシェア自転車が社会問題になったことを背景に、LTA(シンガポール陸運庁)はドックレス(乗り捨て)型のシェア自転車事業者に対して、利用者に指定された場所に駐輪させることを義務付けた。また事業者の責任の明確化に向けて、LTAは免許手数料と保証金として保有する自転車1台あたり60Sドル(約4,800円)を各社に支払うよう命じた。これらの規制に対し、4万台から5万台のシェア自転車を保有していたoBikeは、資金不足で事業継続をあきらめたという。初年度の2017年には425万Sドル(約3.4億円)の赤字を計上し、22万人の登録者から預かった890万Sドル(約7.2億円)の保証金は未だに返却される見通しが立っていない。
また中国ネット通販最大手のアリババ集団からも出資を受けていた中国発のシェア自転車大手ofo(オフォ)は、2018年12月に資金繰り難が明らかになり、今年1月にはシンガポールの全社員を解雇している。一時は9万台の自転車を保有していたofoであるが、2月には利用者に指定された場所に駐輪させる義務を怠ったとして、LTAから事業免許を一時停止される処分を受け、4月には免許をはく奪されて市場から撤退している。更に3月には、同じく中国発の大手で2.5万台のシェア自転車を保有していたMobike(モバイク)が、全社の合理化の一環としてシンガポールからの撤退をLTAに伝えている。oBikeが登場した2017年1月からわずか2年強の間に、大手3社が相次いで撤退することとなった。
これらシェア自転車の大手3社は、投資家から調達した多額の資金を元手に横並びに海外に進出し、各国で市場シェアの獲得に向けて価格競争の消耗戦に直面していた。oBikeは2017年に東南アジアのシリーズBラウンドで最大規模とされる4,500万米ドル(約50億円)を調達。ofoとMobikeも2017年までにそれぞれ10億米ドル(約1,100億円)を超える額を調達していたとみられる。しかしながら、やみくもに事業拡大を図る各社は持続可能な収益モデルを確立する前に資金が底をつき、oBikeとMobikeは事業売却、ofoは海外から撤退するなど事業を縮小するものの経営危機が報じられている。
シェア自転車と市場との相性の悪さ
消費者の行動様式を変えるには至らず
大手3社の撤退で「終わった感」が否めないシンガポールのシェア自転車。ラストワンマイル(駅やバス停などから自宅やオフィスなどまでの距離)の移動手段として普及が期待されていたが、消費者の行動様式を変えるには至らなかった。その背景として、日常の移動手段としての自転車とシンガポールは当初から相性が悪かったのではないかとみる。以下にその理由を3点ほど述べたい。
1点目は、発達した公共交通網。シンガポールではバスと電車(MRT)の利用者が過去15年の間にほぼ倍増している(図1)。また直近でも2017年にMRTダウンタウン線が全線開通した他、今年から段階的にMRTトムソン・イーストコースト線が開業する予定であるなど、今後も利便性の向上に伴い利用者数は増加していくとみる。路線バスに関しても、市民の日常生活の足として東京などに比べても普及している。単純な比較は難しいが、主に東京都のJR山手線と荒川に囲まれる地域の内側、江戸川区と多摩地域の一部で運行している都営バスの車両数が1,464両、停留所数が1,546ヵ所であるのに対し、東京23区とほぼ同じ面積のシンガポールを走る路線バスの車両数は5,400両、停留所は4,684ヵ所を数える(図2)。このためシンガポールでは自宅やオフィスから至近距離にバス停が存在するケースが珍しくなく、そもそもラストワンマイルの移動に自転車を必要としない。
2点目は、自転車の走行に適さない道路環境。競技用の自転車で車道を走行する場合はいざ知らず、シェア自転車を含めたいわゆるママチャリで歩道を走行する際は道幅の狭さや段差の存在に加えて迂回する必要が発生するなど、現時点でのシンガポールの歩道の設計には自転車の利用が想定されているとは言い難い。ただLTAは2013年に、今後10~15年間の交通整備方針を示したマスタープランを発表しており、その中で2030年までに自転車専用道を総延長700km超を目指して整備するとしている。またLTAは、今年の3月にはゲイランとクイーンズタウンそれぞれから市中心部までの間において、既存のパーク・コネクター・ネットワーク(自転車用の歩道)と接続する形で自転車専用道路を整備する計画を公表しており、中長期的には走行環境の改善が見込まれる。
3点目は、自転車を敬遠したくなる熱帯気候。早朝や夜間の涼しい時間帯ならまだしも、日差しが強い日中に汗を流してまで自転車で通勤・通学をしたいと思う消費者は少数派ではないだろうか。この暑さに加えて、急に降り出す激しい雨の存在は自転車での移動に不都合極まりない。
電動スクーターもシェア自転車の二の舞か
頻発する事故が普及の妨げに
街中から姿を消しつつあるシェア自転車に変わって目にする機会が増えたのが、電動スクーターを始めとするPMD(パーソナル・モビリティ・デバイス)の共用サービスである。LTAは今年の2月に、シェアPMDの事業展開を希望する企業からの免許登録申請を締め切ったが、何と国内外14もの企業から申請があったという。
今年の6月末までには申請した企業の中の複数社にLTAから認可が下りる予定であるが、その後もサービスが普及していくことはないと想定する。その理由は、シェア自転車が普及しなかった上記の要因もさることながら、電動スクーターの場合は、主に運転に慣れない消費者が頻繁に交通事故を引き起こし、政府が早晩更なる規制に乗り出すことになるとみるからである。実際に、今日シンガポールで電動スクーターを巻き込んだ事故の発生は日常茶飯事であり、フランスやスペインなど一部の国では、既に電動スクーターの歩道での利用や貸し出し自体を禁じる動きに出ている。
シェア自転車がシェアするものは?
シェアエコノミーの本質から逸脱
最後にやや視座を高めて、シンガポールを含めて各国でシェア自転車が失敗している理由を考察して本稿を締めくくりたい。
シェア自転車のビジネスモデルの根幹にはシェアエコノミー、すなわち遊休資産を活用することで新たな価値を創出する概念が本来は存在するはずである。しかし実際のシェア自転車は、既に各消費者が所有する自転車を相互に貸し出して利用効率を高めているわけではなく、新たに大量の自転車を生産している時点でシェアエコノミーの本質から外れている。oBike、ofo、Mobikeの大手3社だけで15万台強の自転車を市場に投入し、その多くは約2年後には廃棄処分されている。これは遊休資産の活用でも何でもなく、単なるお金と資源の無駄遣いである。
また結果的に無駄遣いで終わった根本的な理由には、「なぜシェア自転車なのか?」、「満たされていない消費者のニーズは何か?」、「収益化の目途は?」といった基本的な問いに明確に答えられていない点が大きい。oBikeの共同創業者は資金調達時のインタビューにて「柔軟性と利便性で世界中の通勤客を支援すると同時に、二酸化炭素の排出削減にも貢献する」とコメントしている。車の少ない「カー・ライト社会」を目指す政府やベンチャー投資家には聞こえが良いかもしれないが、結果的にサービスを利用する消費者を魅了するストーリーや顧客体験を上手く提供することはできなかった。
山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。