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シンガポール星層解明

2020年5月7日

新型コロナウイルスで変わるシンガポール消費者の購買行動

シンガポールで日々取り沙汰されるさまざまなニュース。 そのなかから注目すべきトピックを、専門家がより深い視点から解説します。

 新型コロナウイルスの感染拡大をきっかけに、ネットスーパーやフードデリバリーの利用者が急増している。初めて利用する消費者の支持を得る企業にとっては事業拡大の好機となる一方、良質な顧客体験を提供できない企業は淘汰のリスクにさらされている。本稿では、シンガポールの消費者における購買行動の具体的な変化を考察し、「コロナ後のニュー・ノーマル(新常態)」に考えを巡らせていきたい。
 

外出自粛で購買行動が変容
ネット通販や料理宅配にシフト

 新型コロナウイルスの日常生活への影響が続くなか、消費者の購買行動が大きく変化している。感染拡大を防ぐため、シンガポール政府が外出自粛などの要請を徹底していることに加えて、人混みを避けようとする消費者の心理が背景に挙げられる。ある調査結果によると、一連の騒動によって、消毒液やマスクなど感染予防に必要な商品を初めて購入した消費者がそれぞれ調査対象の49%と46%に及んでいるほか、19%は日用雑貨を初めてインターネット上で購入、14%はフードデリバリー(料理宅配)を初めて利用したことが分かっている(図1)。
 

 
 シンガポールのネットスーパー専業大手のレッドマート(RedMart)では、通常時に比べてサイトを訪問する消費者の数が最大で11倍にも膨らんでおり、売り上げも通常時に比べて週単位で約4倍にまで増加しているという。また、スーパー大手のNTUCフェアプライスにおいては、政府がDORSCON(感染警戒レベル)をオレンジに引き上げた2月7日以降、倉庫と配送のオペレーションはフル稼働が続いているとのことだ。
 
 外出自粛やソーシャル・ディスタンシング(社会的隔離)の要請は、フードデリバリーの利用拡大にも作用している。業界大手のグラブフード(GrabFood)、フードパンダ(Foodpanda)、デリバルー(Deliveroo)では、2月~3月の2ヵ月で15%から20%ほど利用者数が増加していたことが報道されている。
 

需要拡大を受け配送業務を強化
タクシーの運転手も配送が可能に

 急増する需要に対して各社が採る施策は、出荷や配送業務の強化だけにとどまらず、品揃えの効率化にまで及んでいる。
 
 レッドマートは4月2日、注文の増加で配送キャパシティが逼迫したことを受け、2日間にわたって商品の受注を一時停止した上で、米、小麦粉、卵などの生活必需品の品揃えを優先し、システムを更新することを発表している。翌4月3日には、リー・シェンロン首相が、感染拡大防止の対策強化の一環として、スーパーマーケットなど生活に不可欠な業種を除くほとんどの職場や学校を、5月4日までの1ヵ月間にわたり閉鎖することを発表。全面的な在宅勤務や自宅学習によって利用者がさらに増加することを見込んでか、レッドマートは4月5日、自社のフェイスブックページ上に利用者向けのメッセージを掲載した。新たに500人以上を出荷や配送業務に投入することに加え、グラブ(Grab)などのライドシェア企業とパートナーシップを組んで配送キャパシティを増強する計画を明らかにしている。
 
 またフードデリバリー大手のデリバルーも、4月3日に政府が発表した追加の対策を受け、早ければ1週間以内に、現在約6,000人の配送スタッフの数を、10%ほど追加することを発表している。シンガポール政府は3月29日に、タクシーやライドシェアのドライバーが、6月末までの期間限定で、食品や料理の配達を行うことを許可しており、各社が追加する配送スタッフの一部は、これらのドライバーが担うことになる。
 

食品の一部カテゴリは品薄が継続
調達先の分散を加速する必要も

 シンガポールは現在、食料自給率が1割を下回っており、肉類はブラジルから、野菜と果物、そして卵はマレーシアからなど、国内で消費される食料の9割以上を輸入に頼っている(図2)。輸出国が国境を封鎖、または輸送を担う航空便が大幅な減便を余儀なくされるといった事態に陥ると、食料のサプライチェーン(供給網)が遮断されるリスクが現実味を帯びてくる。
 

 
 海峡を挟んで橋でつながる隣国のマレーシアは3月16日、全てのマレーシア人の出国と外国人の入国を禁じると発表。図2にある生鮮食品以外にも、マレーシアはトイレットペーパーや多くの加工食品をシンガポールに供給している。両国の間では、マレーシアで生産される食品や生活必需品については引き続きシンガポールにトラック輸送できることで合意しており、報道もなされていた。しかしながら、同国からシンガポールへの輸入がストップするリスクを案じた消費者の間で日用品の買い占めが発生。この動きを受け、チャン・チュンシン貿易産業大臣は3月17日、米や乾麺は3ヵ月分以上、肉類や野菜は、生鮮、冷凍、缶詰を含めて2ヵ月分以上を備蓄しており、食料の供給に対して不安になる必要が無い旨を国民に伝えている。
 
 また、航空貨物の半分は専用の貨物便ではなく、旅客便の荷物室に積載されて輸送されているといわれている。シンガポール航空、短距離専門のシルクエアー、格安航空のスクートを合わせ、グループ全体で世界37の国と地域の137都市に就航(2020年1月時点)するシンガポール航空は3月23日、保有する196機のうち、185機の運航を停止することを発表。航空貨物を利用してシンガポールに輸入されていたと想定される、生鮮を中心とする一部食品の供給には大きな影響が及んでいる。例えば、以前はスーパーで日常的に販売されていた南アフリカやチリ産のブルーベリーなどで欠品が続くことがある。
 

コロナ起点で普及するサービスとは
顧客体験で劣後する企業は淘汰も

 依然として終息の見通しが立たない新型コロナウイルス。では生活が日常に戻った時、シンガポールの小売や飲食業界はどのように変容し、消費者には何をもたらすのだろうか。これまで考察してきた点を踏まえ、「コロナ後のニュー・ノーマル(新常態)」に考えを巡らせたい。
 
 1点目は、食品をインターネット上で購入するネットスーパー、そして料理をレストランから宅配するフードデリバリーの本格的な普及。2002年から2003年にかけて中国でSARS(重症急性呼吸器症候群)が発生した際は、外出を避けた消費者の間でネット通販の利用が拡大し、アリババ集団傘下の淘宝網(タオバオ)や、京東集団(JDドットコム)といったプラットフォームが大きく成長するきっかけになったといわれている。図1の通り、今回の騒動によって初めて日用品や食品をネット上で購入した消費者や、初めてフードデリバリーを利用した消費者の約7割は、今後もサービスを利用し続ける意向を示している。
 
 また、初めて利用する消費者がリピーターになるためには、その利便性を認識した上で、企業側は品揃えや配送のサービスレベルで優れた顧客体験を提供することが肝要になる。それゆえ、目下の需要が急増する書き入れ時の顧客体験で劣後する企業や、そもそも消費者の購買行動の変化についていけない企業は、市場から淘汰されることになると見る。
 
 2点目は、食料産地の分散化と食料自給率向上の加速。サプライチェーンの遮断リスクが顕在化したことにより、小売企業は調達プロセスにおけるBCP(事業継続計画)の見直しが必要になる。既にNTUCフェアプライスでは、足元で調達先の多様化を進めており、複数国のサプライヤーと協力して生活必需品を手頃な価格で安定的に販売できるように努めている。
 
 食料自給率に関しては、マサゴス・ズルキフリ環境・水資源相が昨年3月、2030年までに国土の1%未満を利用した上で、食料自給率を30%まで引き上げる新たな国家戦略構想「30バイ30」を発表している。現在の10%未満から30%への引き上げは容易とは思えないが、改めて露出した食料供給に対する不安の高まりにより、自給化を後押しする動きは今後加速していくに違いない。

 

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(2020年4月3日付)
 
 


山﨑 良太(やまざき りょうた)
慶應義塾大学経済学部卒業。外資系コンサルティング会社のシンガポールオフィスに所属。
週の大半はインドネシアやミャンマーなどの域内各国で小売、消費財、運輸分野を中心とする企業の新規市場参入、事業デューデリジェンス、PMI(M&A統合プロセス)、オペレーション改善のプロジェクトに従事。週末は家族との時間が最優先ながらスポーツで心身を鍛錬。

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