2020年5月8日
飲食業の激戦地、 シンガポールの魅力とは?
シンガポールで安定した人気を得ている日本食。店舗数が増加しているだけでなく、業態が多様化し、さらに洗練された雰囲気のお店も増えています。今回は、シンガポール市場で飲食店舗を経営する企業に、シンガポールの外食市場やシンガポール人の嗜好、シンガポールで外食店を経営する難しさややりがいなどについて、詳しくうかがいました。
目次
座談会参加メンバー
(左から)
石岡 大輔さん(Hattendo International 代表取締役)
留学先のアメリカより帰国後、日系のSIerにてネットワークエンジニアとして勤務。のち店舗経営に惹かれ東京で飲食ビジネスに携わる。2010年八天堂に入社、経営企画室長、常務取締役を務めたのち、2015年8月にHattendo Singaporeを設立。2019年3月、Hattendo International代表として、日本および韓国以外の諸外国を統括する。
吉田 淳さん(SFBI ゼネラルマネジャー)
大学卒業後、東京のホテルで料飲を担当。1994年より台湾の提携ホテルに3年間和食マネージャーとして派遣。帰国後、現在の会社へ転じ、2000年より上海、2006年よりシンガポールにてFC管理、和食ビジネスを担い、現在に至る。
武川 貴訓さん(SUSHIRO GH SINGAPORE ディレクター)
2003年に株式会社あきんどスシローへ入社。2007年に同社営業課長。営業部長、経営企画部部長、営業企画部部長などを経て、2018年に株式会社スシローグローバルホールディングス 海外事業部へ異動。2019年1月からSUSHIRO GH SINGAPORE PTE.LTD.で現職。
日野岡 幸彦さん(REINS International Singapore マネージングディレクター)
大学卒業直後より飲食業界に携わる。2015年に来星後から、日本でのホテルやメンバーシップクラブ、また海外などでのマネージメントやオープニングプロジェクトの経験を生かして現職に就く。現在はシンガポール国内に「牛角」9店舗を運営する。
経営している店舗の紹介
石岡:「くりーむパン」をはじめとした製品の製造・販売をしています。東南アジアにブランドと商品を広げていくため、2015年8月、シンガポールに初の海外法人を立ち上げました。2017年1月に1号店として、MRTタンジョンパガーの駅ビルに一部製造機能も備えたカフェを開きました。そして3年の区切りを迎えた今年の4月、新しいコンセプトのカフェバー兼ロースティングギャラリー「PIPES by HATTENDO」をMRTアウトラムパークに開業しました。最新型のロースティングマシンを使い、目の前でお好みに応じたコーヒーを焙煎できるのが特徴です。タンジョンパガーの店に比べて4倍のキッチンを確保したので、これまでのようなランチメニューに加え、夜はステーキをはじめとしたディナーメニューも拡充していきます。広島の地酒も取り揃えています。「八天堂らしくない」新しい挑戦です。また他国においては、香港やカナダなどのフランチャイズビジネスのケアもしています。
吉田:本社は香港にあり、上海とシンガポールに支社を置いています。主幹事業のステーキ店「ペッパーランチ」は、上海5店、香港21店と、シンガポールでは直営で39店やっています。フランチャイジーも全部入れると東南アジアと中国で313店経営しています。シンガポールに進出したのは2004年で、現在はペッパーランチに加え、和食店の「サン・ウィズ・ムーン」、グループ会社「プロント」のフランチャイジー、クラークキーの「串カツ田中」の4業態でやっています。直営収入と13店あるフランチャイジーによるロイヤリティー収入で成り立っています。
武川:スシローシンガポールです。2019年8月、チョンバルにシンガポール初店舗を開き、今年3月までに3店舗になりました。日本では、回転寿司の「スシロー」を531店展開しています。1975年に立ち店の寿司屋から始まり、創業者のより多くの人に安く寿司を提供したいとの思いから回転寿司の業態に移りました。初の海外進出は韓国で約10年前になります。その後、台湾、香港、シンガポールに広げています。
日野岡:焼肉店「牛角」は1996年に日本で1号店をオープンしました。当時は焼肉は高価なものでしたが、日常食として広げる狙いで牛角がスタートしました。国内で順調に伸びたのち、海外初出店は米国でした。シンガポールは2004年に開業し、現在9店舗を運営しています。日本式の牛肉を楽しんでもらうのがコンセプトで、全店ガスを使わずに炭火で焼肉を提供し、タレで召し上がっていただくというコンセプトはぶれないようにやっています。
シンガポール進出を決めた理由は?
日野岡:シンガポールは東南アジアの拠点ですから、まずはシンガポールに出店して認知度を高めて、その後東南アジアに展開したいという考えがありました。また、和牛を提供しても、経済水準の高いシンガポールならば受け入れていただき、スピード展開できるのではという思いがありました。
武川:弊社もシンガポール出店については、「ショービジネス」の意味合いがありました。シンガポールには東南アジアから幅広く人が入ってきますから。やはり東南アジアで成功するにはまずシンガポールでビジネスをやり、ここを拠点に展開していくのが一番という結論になりました。
吉田:東南アジアのハブであることは間違いありませんね。ペッパーランチをオーチャードの高島屋と伊勢丹に開いた当初、オーチャード周辺には現在よりも多くのインドネシア人観光客がいらしていて、最初のフランチャイジーはまさに店舗を訪れたインドネシアの方からのお申し出で決まりました。当時は1日1000人ものお客さんが入っていました。次にお申し出のあったタイの大手流通グループもやはり高島屋の店舗を見てやらせて欲しいと声を掛けてきました。フィリピンも同じ流れです。
日野岡:弊社も日本では直営3割、フランチャイズ7割ですが、シンガポールの直営店でモデルを示して、東南アジアの近隣諸国のフランチャイズビジネスをしたいという企業からお申し出を受けたいという狙いもありました。
吉田:弊社は契約するのは各国1フランチャイズというルールでやっていますが、おかげさまで、東南アジアでまだ進出していないのはラオスだけになりました。現在はラオスとインドに取り組んでいます。シンガポールは法人税が安く、治安も良いのもいいですね。
石岡:治安や政治経済が安定しているという点が決定打になりました。海外を意識し始めたのは2013年頃からです。日本の八天堂は小さいキヨスクのような店舗が中心ですが、東京駅や品川駅の旗艦店は海外からのお客さんが多く、フランチャンズや商品買取の話をいただくことが増えていきました。
厳しくシビアなシンガポール外食市場
吉田:私は海外に進出する外食企業は、軸は絶対にずらさない中で、必要な部分だけ少しアレンジを加えるパターンと、もう1つが現地に合わせてしまおうというパターンの2つがあると考えています。ペッパーランチで言えば、プライベートブランドのソースなどは東南アジアはタイ、中国は大連で一括生産しているので、言ってしまえば東南アジアのどこのお店に行っても味はほぼ同じなんです。それでも各国売り上げが立っていますので、我々は前者の方なのかなと思っています。シンガポールは特に厳しい市場で、下手なことをするとすぐに淘汰されてしまいます。ですから、自社の軸はずらさずに、必要に応じてお客さんの声を反映していくことが大切です。
武川:弊社は「日本で食べた寿司と一緒」と言ってもらえるところを目指しました。一切ローカライズはしておらず、輸入できない野菜や肉を除いて、米中心にネタの8~9割は日本と同じものを扱います。日本側の承認をとらないと販売できないというシステムを採用して、日本と同じクオリティを目指しています。
日野岡:日本のレストランであるということに期待値が高いと感じます。訪日旅行が身近になったこともあり、比較対象を日本に置く方が数年前に比べてかなり多くなりました。「日本の牛角ではこうだったのに…」といった意見をいただくこともあります。必要以上にローカライズしてしまうとダメだと最近さらに強く感じますね。
石岡:主力商品のくりーむパンは、シンガポールにとって新しい概念のスイーツだったこともあり、弊社は「ローカライズ」に力を入れました。まずは日本と同じレシピで作ったくりーむパンの試食でフィードバックをもらいましたが、面白かったのが、日本で人気の「小倉あん」の味に対して、ローカルの人から「甘すぎる」という意見が多かったこと。糖度の低い小豆に変えたところ、受け入れられました。この経験を通じて、日本の味を守ることでなく、認知してもらうために顧客が親しみやすい味に変えていくことが、我々の使命だと思いました。今では、シンガポール在住の日本人からシンガポールで販売しているくりーむパンは日本の八天堂とひと味違うと言われるまでになりました。
武川:弊社は基本ローカライズせずに日本のままを持ち込んでいますが、例えばサーモンは微調整を加えています。日本では塩締めをして水分を抜いて味を濃くしたものが好まれるのですが、こちらでは塩締めがあまり好まれません。食べ慣れていないと水っぽく感じますが、こちらだと鮮度が高いと判断されます。
シンガポール人の嗜好について
吉田:3ヵ国で仕事をしていて、台湾5年、上海7年、シンガポール11年くらいになりますが、それぞれの土地でこんなにも嗜好が違うのだと感じます。2006年にシンガポールに来ましたが「はっきりした味が好きなんだな」というのが第一印象でした。
石岡:私も2015年にこちらへ来ましたが、ローカルのスタッフと長く時間を共にするうちに、自分自身の嗜好が変わりました。濃い味への耐久性がつきました(笑)
武川:同時に、シンガポールの方は海外旅行にもよく行かれて、いろいろな料理を受け入れられる舌をお持ちだと感じます。普段食べ慣れているものを安定して食べるだけでなく、新たなチャレンジに対して壁がないところに驚かされました。シンガポール進出の際には、サーモンや焼いた鯖などは数が出ると自信があったのですが、当初、馴染みのないシメサバや生のアジなどの青魚は売れるのかと半信半疑でメニューに入れました。ただ蓋を開けてみたら、これが大好評でした。
日野岡:シンガポールの方は、日本で人気のホルモンなどはあまり召し上がりません。あとは、たとえランクの高い肉であっても、油っぽさを敬遠される方も多いです。ここ数年で、健康志向が高まっているのも感じます。何より、牛角に来るお客様はアルコールをほとんど飲まれません。日本なら、焼肉といえばビールですが(笑)。食事は食事と割り切られているようです。これを理解していないと、提案するメニューも的が外れてしまいます。
吉田:確かに。サン・ウィズ・ムーンの店舗でもさまざまな種類の酒を用意していますが、一番売れるのがアイスグリーンティーですから(笑)。
日常の食事とハレの日の食事の二分化
日野岡:最初にシンガポールに来た時、一番驚いたのが、家庭のキッチンの小ささでした。食事を作る行為自体に時間を掛けたくないので、料理はあまりしないと聞きました。ただ、かと言って食に興味がないのではなく、こだわりのある食事をする日とそうではない日を使い分けている。お腹を満たすための食事と、いいものを食べる日が明確に分かれていると感じます。
吉田:そうですね。1週間21回の食事がありますが、以前はほとんどホーカーというのが一般的でしたが、ハレの日を決めて、ちょっといい食事をしようという傾向が強くなったと感じます。食のバリエーションが増えてきているのでは、とみています。
石岡:使い分けが鍵ですね。日常感とそうではないところをどう使い分けてもらうかがポイントになりそうです。
武川:東京 23 区ほどの小さい国ですが、エリアごとの特徴が強い。各エリアで利用シーンが明確に分かれており、ライフスタイルの中で場所が使い分けられている気がしますね。弊社は店舗の場所によって、売れ筋ががらっと変わります。
外食店の経営における難しい点
日野岡:正直、シンガポールの飲食店経営は家賃、人件費、食材費の高さで「三重苦」と言われます。他国に比べても、切実に経営が難しいと思います。また、人材の確保がとても難しい環境です。日本でもそうですが、外食業は人集めに苦労します。
石岡:人材に関しては本当にどの飲食店業者も悩んでいますね。ただ、飲食に携わる人は飲食が好きでやっています。私たちとしては、長く勤めることへのメリットを伝えていくことを大切にしたいです。長く付き合う中で、日本のものづくりの精神を伝えながら、カルチャーはローカライズしていく。ローカルスタッフと一緒に時間を過ごして、ローカルスタッフがやっている慣習をできるだけ取り込もうと努力をしています。
吉田:シンガポールに進出して16年になりますが、サン・ウィズ・ムーンの店舗には開業時のメンバーがまだ残ってくれています。調理場の技術など伝えていくことは、簡単ではありませんから、長く働いてくれることは、本当にありがたいと感じています。ペッパーランチに関していうと、39店のうち33店がフードコート内の店舗です。賃料は厳しいですが、商業施設側に人を集めているという功績は認めてもらっているため、以前に比べると条件は良くなりました。スケールメリットですね。
武川:1号店と2号店は従業員の確保にすごく苦労しました。特にオーチャードの伊勢丹に出した2号店の周辺は繁華街のため、ローカルの居住者が少なく、地理的にも従業員の確保は大変でした。一方で、郊外のコーズウェイポイントに出した3号店では初めて人選ができるほど、応募が来ました。やはり、シンガポールは地域ごとの特性が強いと感じます。
今後の目標
石岡:今年1月にマレーシアに現地法人を立ち上げ、セントラルキッチン用の工場用地も借りました。コロナウイルスの流行もあり現在は先が読めない状況ですが、計画では数ヵ月後には稼働したいと考えています。タイのジョイントベンチャーとの話も進んでいます。あとは、今年中にインドネシア内に出店を進めていきたいです。東南アジアにおけるビジネスモデルを確立していくことが目標です。
吉田:シンガポールのペッパーランチはスクラップ・アンド・ビルド(S&B)を進めていきます。そしてサービス業の基本QSC(Quality、Service、Cleanliness)のブラッシュアップをしていきます。串カツ田中についても新たな展開を考えていきます。
武川:シンガポールでは現在3店舗ですが、今年は新たに3店舗開業しようと計画しています。多店舗展開したときにクオリティーをしっかり維持していくのが課題です。ただ、我々のビジネスは良いものを安く提供するビジネスで、「薄利多売」になりますから、客数が鍵になります。そのため、現在のようにコロナウイルスの影響で客数が安定せず、伸び悩むような状況が一番厳しいです。ただ、お客さんに「このお寿司がこんな安い値段でいいの?」と言ってもらうのが何よりの喜びです。
日野岡:牛角は現在9店ですが、まずは15店まで拡大したいです。6店舗は市内、3店舗が郊外ですが、郊外のお客さんの反応が良いことから、特に郊外に出店の余地があると感じています。牛角業態は15店が適正値だと考えているので、それ以降は別の業態を持ってきて展開を始めたいと考えています。社内の面で言うと、せっかく縁があって入社してきたスタッフですから、内部充実を図り、定着率を上げていきます。外食業界は、人が命です。人が集まらないと出店が止まる可能性もありますから、スタッフと良い関係づくりが欠かせません。
(編集 / 糸井夏希)