2020年6月22日
アフターコロナ時代のシンガポールを考える
新型コロナウイルスの感染拡大により、世界経済が不透明感に直面しています。シンガポールでも4月7日から「サーキット・ブレーカー」が発令され、約2ヵ月間におよぶ自粛期間が設けられました。サーキット・ブレーカーは解除となりましたが、これからの生活はコロナ以前に戻るのではなく、時代に適して変化していくことが見込まれます。今回はシンガポールに精通した4名の方にお集まりいただき、アフターコロナ時代の企業のあり方や経済の展望などを語っていただきました。(座談会は6月10日に実施)
目次
座談会参加メンバー
関 泰二さん(事業家・投資家)
2008年にシンガポール政府国際企業庁に勤務し、2011年にサービスオフィス「クロスコープ」を立ち上げ日系企業のアジア進出を支援。その後投資会社リサパートナーズアジアにて投資事業に従事。現在は東南アジアでの調査サービス「ビズラボ」所長、日本アシストシンガポール代表、飲食業やスタートアップ数社の資本と経営に参画。
岡田 兵吾さん(Microsoft アジア太平洋地区ライセンス コンプライアンス本部長)
日本・韓国・オーストラリア・ニュージーランドのライセンス監査業務責任者。新著『武器になるグローバル力 外国人と働くときに知っておくべき51の指針』(KADOKAWA)は7月末発売予定。前作『ビジネス現場で即効で使える 非ネイティブエリート最強英語フレーズ550』(ダイヤモンド社)はAmazon「ビジネス英語一般」9ヵ月連続1位のベストセラーとなっている。
森 和孝さん(One Asia Lawyers (Focus Law Asia) パートナー弁護士)
世界15都市に拠点を有するグローバルファームにて、フィンテックやブロックチェーン企業を中心としたスタートアップや新規事業の法律顧問やエンジェル投資を行っている。また、シンガポールの多数の日系企業のアドバイザーにも就任。初心である「父のようなスモールビジネスの経営者を助けたい」という想いから、オンラインサロン「森小屋」を近日オープン予定。
木島 洋嗣さん(外需グローバル基礎研究所所長 /Tree Islands Singapore Pte Ltd Managing Director)
2009年来星。外需グローバル基礎研究所(会費:S$100/月)、日本外需グローバル化研、米地方都市研、英EU離脱研で700社に毎日分析配信中。「内需グローバル」と「外需グローバル」という二つのグローバル化を定義し「外需グローバル」化が日本にプラス、「外需グローバル」企業がコロナでも増収していくが持論。
2ヵ月におよぶサーキット・ブレーカー(CB)が解除されました。どう評価しますか?
岡田:外国人労働者のドミトリーの件もあり、日本の方と仕事をしていると「シンガポール大丈夫?」「危ないんじゃない?」と心配されましたが、私個人の総括としてはしっかりやっていたと思います。まずCBの規制について、ほかの東南アジアに比べて段階的にやってくれたおかげで、ビジネスをやっている方や住んでいる方も気持ちを落ち着かせて対応できたこと。もう一つは、現在、世の中でコンパッションリーダー(他者の苦しみや痛みを理解して、相手に寄り添いながら改善に向けて行動に移せるリーダー)が注目されていますが、首相や政府関係者がコンパッションリーダーとして、タイミングを見計らい定期的に国民に寄り添ったメッセージを出していたのは良かったですよね。
森:まず法律的な話をすると、サーキット・ブレーカー(CB)という法律用語はありません。4月7日に緊急でControl Orderという法律ができて、これに基づいて私たちの外出制限などの私権制限が始まりました。CBは解除されましたが、このControl Orderはまだ解かれていません。CBが解除されても大きな法的効果の違いはないため、まだ評価・総括するのは早いと感じています。ただ、シンガポールは、狭い国で人口密度が高く、さらに外国人が多い難しい環境にも拘らず、(最も緊急レベルの高い)感染症法の緊急事態宣言は出さず、完全なロックダウンをせずにここまで乗り切ることができたのは、政府が効果的な対策を考えて合理的に進めた結果だと思います。
関:私もシンガポール政府のやり方は評価しています。一般市民目線で言うと、シンガポール政府はシステマティックにいろんなことを運用していて、大変わかりやすいですよね。政府が何のためにこれをやるのかということを国民に理解してもらうために一生懸命語りかけ「SGユナイテッド」などと打ち出し、団結してやっていました。
岡田:(対話アプリの)ワッツアップに毎日メッセージが送られてくるのもシンガポールらしい施策でした。「健康に過ごしましょう」に走っている絵文字がついていたり、一つ一つのメッセージがかわいらしい(笑)。東南アジアらしくいい意味で緩く、ノリが可愛いところがいいですよね。
関:ワッツアップは特に良かったですよね。シンガポールはこうした発信が非常に上手です。
岡田:未曾有の時にいかに国民の気持ちを前向きにポジティブにするか、シンガポール政府はそこに力を入れていますよね。今後のロードマップを具体的に示して、進捗が見えると人間は希望が持てますから。ソーシャルディスタンスを呼びかけるロボットも、シンガポールが今後も最新テクノロジーに投資し、発展していくのではというワクワク感が伝わってきました。シンガポール政府のこういった施策を本当に評価しています。
サーキット・ブレーカーが解除となって1週間が経ちましたが、変化を感じますか?
森:弁護士の仕事はCB解除で営業再開できる業種に含まれましたが、実際に出社が認められるのは契約のクロージング等の場面に限られるので、CBが開けても個人的には特に変化は感じられません。ただ、依頼者はここ最近急増しているので経済活動の本格再開は近いと感じています。クライアントの話をすると、法的には出社可能でも、出勤人数の制限や報告義務など多くの規制が設けられているため、在宅勤務体制を続けている企業が多いです。現段階では本格稼働というより、今後どのように業務を戻していくか、または変えていくか、体制を整えるための準備期間という位置付けの企業が多い気がします。
関:私も概して変わっていません。全体的に少し開放的になった気がしますが、オフィスワーカーはリモートワークを続けていて、飲食業もまだ店内飲食はできませんから、大きな変化はありません。ただ、子供が学校行けるようになったというのは、テレワークをする上では、大きな変化になりましたよね。
岡田:そうですね。私自身はコロナ前からリモートワーク取り入れていたので、リモートワーク自体には慣れていましたが、そこに家族全員がいるという環境は初めてでした。
企業のリモートワークはどのように行われているのでしょうか?
関:業種業態によって全く異なります。オフィスワークは在宅勤務可能ですが、現場のある飲食業などは在宅推進できませんから、時間を工夫したり、今までなかった仕事を回したりすることで乗り切っていました。私が関わっている100人規模の飲食店はここまで従業員を1人も解雇せずに耐えています。この2、3ヵ月はそれなりの規模がある飲食業グループも何とか持ちこたえています。ただ、売り上げはコロナ前の半分でもいい方です。
岡田:マイクロソフトは全世界のメンバーと仕事するので、コロナ前からリモートやオンラインの体制は整っていました。ただ出社を前提として仕事をしていたチームもあり、今回全社員が在宅することとなり、プライベートとの境界線が曖昧になったりしました。そこで、チームによっては上司がチームメンバーのスケジュールをブロックして強制的にランチ時間を確保したり、定期的にリモートに変わったことでの困ったことを相談できる時間を作ったりして、メンバーの時間管理や精神的な不安を管理していました。また会社としては、メンタルを保つためにピラティスやボリウッドダンスなどのエンタメ要素のあるクラスを定期的に取り入れ、マインドフルネスなどのトレーニングを実施して、在宅の技術的な配慮よりも従業員の個々人のメンタルケアを優先して、良いかたちを探っていました。今では「リモートもいいね」という声も多数聞こえています。弊社は全世界で、10月までは必要に応じて自由に在宅勤務ができることとなっています。
森:私も元々リモートワークが多かったのですが、同僚は朝から晩までオフィスで働いていました。これが強制的にリモートになり、それでも機能することがわかったので、今後も原則リモート体制になります。チーム内で、週1回は会議を開いたり、同じデリバリーの食事をメンバーに注文したりして、私たちも工夫しながらペースを作っていきました。
岡田:今回のコロナのような事態は、5年後、10年後に再び起こるかもしれません。今後はオンラインをベースにして働ける体制を作ることが大切です。そのため、私たちはどうしたらオンラインで快適で効率的に働けるか、探りながら取り組みました。例えばオンライン会議で、強制はしませんができるだけ顔を表示させて話をする、雑音が入ったらミュートにするといった細かいことから、弊社のオンライン会議ツール「Teams」は絵文字を使って相手の発言に反応ができる仕様になっていますが、オンラインでも感情表現が見えるように心がけています。積極的に「いいね」や「ハート」などの感情マークやコメントをつけるなど、無機質になりがちなオンライン業務でも、人の感情が伝わることが実はとても大切なことだと考えます。
森:クライアント先から多かったのが、オンラインでどうやって営業すればいいのでしょうという相談でした。各社、大半の作業をリモート化できているようでしたが、営業については、オンラインでどう進めていくのか悩んでいるようでした。今後は、対面が主流だった営業のような業務でも、システム導入やトレーニングで各社がオンラインに適した手法を確立していく必要があると思います。
これからアフターコロナ時代の企業のあり方はどうなっていくでしょうか?
木島:コロナに関係なく私が8年前から提唱していることですが、企業活動には3つのパターンがあります。自国に閉じてビジネスする「内需完結」。各国の内需をめがけて各国市場にローカライズしながらビジネスしていく「内需グローバル」、そして全世界に向かって同一価格同一品質でローカライズはしない「外需グローバル」です。2番目の「内需グローバル」についてはこれから先どんどん活動が制限されます。今回のコロナ禍でどこの国も失業者が増え、自国の「内需完結」産業を保護しようとするからです。飲食業や小売業等には厳しいビザの規制や許認可規制があるのはこのためです。コロナがなくてもこの傾向が進むと考えていましたが、コロナが加速させたかたちです。
これからのカギを握る「外需グローバル」型の産業
木島:シンガポールは、コロナあるなしに関係なく、何十年も前から全世界に向けた産業、即ち「外需グローバル」産業については猛烈に誘致をしてきました。医療、製薬、金融、データセンター、航空機や船舶の修理メンテナンスなどです。全世界に向けて、同一価格同一品質で売れる産業に対しては力を入れてきました。こうした業種には規制緩和も税制優遇もします。コロナで突然「外需グローバル」産業に躍り出た例はマスク製造でしょう。
8年前というとだいぶ前になりますが、どうして当時そのような考えに至ったのですか?
木島:理由は2つあります。シンガポールの外資企業への対応をみていて、ビザの規制や税制優遇など、産業によって大きな差がありました。シンガポール企業を守るなら分かりますが、海外から入ってくる企業や人に対してもこうした差を設ける理由は何なのか、と追究したのがこの時期でした。また2つ目に、今後どうしたら日本の経済が活性化するのかについて考え始めました。日本の内需は増えませんから、どちらに進めば日本が伸びるのか、この2つを考えた結果です。
森:私も、来星した3年前に木島さんの理論を学びました。リーガルサービスは国ごとに全然違うので通常はローカライズしてしまいます。しかし、現地弁護士とのネットワークさえ構築できれば、どこからでも世界を相手にできる仕事です。日系企業を顧客とする場合は、クオリティーコントロールが重要ですので、同じ指揮系統の中で世界中の弁護士を統括することが肝です。そこがまさに外需グローバルビジネスです。実際に、グローバルな大企業からは、一気に数十ヵ国について対応できる事務所に任せたいという依頼も多いです。
関:国も企業も個人も、時代に適応し、時流にあったものを提案し続けるところが生き延びます。私は投資会社にて政府系ベンチャーキャピタルとも関わっていましたが、投資目線で言うと、コロナ流行以降、コロナで激変する社会に価値のあるものにしかマネーが向かわなくなりました。非接触、フィンテック、医療やワクチン系です。企業がこうした流れに適応していかないと、たぶん大きな収益は上げられなくなります。
岡田:関さんが仰ったように、価値のないものには投資をしないし、価値を目指せないビジネスは踏襲されていくでしょう。企業のあり方と同時に必要とされる人材も「いつどこで働いても成果が出せる人」に変わってきます。欧米企業では「インサイドセールス」に数年前から注目していますが、商談からリレーション確保、提案、成約、マネタイズ、アフターサービスまで一連の業務を、インサイドセールスの発展形として全てをオンラインで進めることが必要になってきます。特にグローバルビジネスでは、異文化・英語も分かって、世界中のバーチャルチームを回せて、本人もどこでも働けるというかたちが求められると思います。
シンガポールはASEANの中心として地理的なメリットも大きかったと思います。
木島:私はASEAN不要論、EU不要論をずっと前から言い続けています。飛行機で2時間で行けるような、近所というメリットはもう意味がありません。これからは各国が閉じます。シンガポールに一番近いマレーシアが典型例ですが、感染者が増えたという理由で突然国境を閉じました。これによって、ジョホールバルからシンガポールに通勤できない、シンガポールで働いていた人がマレーシアの自宅に戻れないという事態が起きた訳です。一方、全世界に開かれてビジネスをやっている会社は売上が確保できます。世界中から輸出先を選べるので。マレーシア、インドネシアに拘って新規売上ゼロのまま経済再開をずっと待っている企業とほぼ日常に戻りつつあるニュージーランドにも顧客がいる企業、どちらがベターかは誰にでもわかるでしょう。
岡田:全てが内部完結とはならないとは思いますが、木島さんの仰る通り、シンガポールも自国の雇用を守るという動きにありますから、地理的な利点はなくなりますよね。
森:私はブロックチェーンやフィンテックを専門に扱う弁護士ですが、ブロックチェーンの最たる特徴はPeer to Peer(ピア・ツー・ピア)です。つまり何かを中央で管理するのではなく、端末やユーザ同士が直接繋がり合うシステムです。配車最大手のグラブや民泊仲介大手のエアビーアンドビーもシステムが間に入って手数料は取りますが、基本はユーザ同士が直接つながってやりとりして下さいという仕組みです。もともとあったセンターベースからホームベースへの世界の変化の流れがコロナで加速されました。
国・都市のつながりは「ピア to ピア」の概念へ
森:中国の重慶で開催されたシンガポール・重慶間のスマートシティー開発に関する協定締結に立ち会ったことがありますが、そこに参画した企業は中国での大きなアドバンテージを与えられていました。これはシンガポールと重慶間のピア・ツー・ピアの関係を生かした例ですね。今後、ビジネスをする国・都市を選ぶときは、その国・都市がどことどういった協定を結んでいるか、ピア・ツー・ピアでどういった展開をしているかを見極め、自社の商品・サービスを最も効果的に広げられる環境を選ぶことが大切です。これからについては、地理的な利点だけで選ぶと、結局日本でやるのと変わらないというミスマッチが起きかねません。
木島:特に日本企業だとシンガポール拠点からタイ、インドネシアをやりますという企業はたくさんありますが、重慶という例はあまりありません。今回、航空便がいち早く重慶などから再開しているのも、シンガポールと重慶の連携関係があるからですよね。
関:私自身、投資会社に関わっていたときに、投資候補先への視察などで地理的な近さは魅力だと感じていた面もありましたが、そのメリットはもうなくなります。ただ、シンガポールにはオフショアトレード(3国間貿易)の拠点としての税制優遇があり、古くは石油・オイルのエネルギー系から、商社、最近は建機や中古車などで取引されています。シンガポールから他国へのビジネスをやるという意味で、こうした優遇措置が続くのであれば、シンガポールにいる意味はあると思います。政府としても引き続き、積極的に誘致していくのでは、と思います。
シンガポール経済の展望について聞かせてください。
木島:今まで通り、全世界に向けて輸出する「外需グローバル」産業に注力していくのみです。古くは、世界最初の「外需グローバル」企業と言ってもいい東インド会社をはじめ、「外需グローバル」商人達が、ASEANのためというよりは、アジアと中東・欧州間の長距離船中継港として発展したのがシンガポールです。そして200年に渡って全世界から「外需グローバル」企業や「外需グローバル」人材を集めて発展してきた国です。これを継続するのがシンガポールの展望です。
森:そうですね。シンガポールは既にデジタル先進国ですから、国として今回の一時的な不景気を支えきれないという状況にはならないでしょう。法律的な面でも従業員の解雇・調整がしやすく、100万人以上いる外国人のビザ発給のコントロールによって必要な人材を変容させることができるため、産業構造変化に対応しやすい構造になっています。ですから、経済も比較的戻りが早いのではないでしょうか。ただ、日本人を含めてここで暮らす外国人はしばらく大変かもしれませんね。産業構造の大転換が起こるとすると。
関:私は比較的楽観視しています。嗜好品の消費についても、多少は元に戻るのではという観測もあります。自粛が続き、思いっきりお金を使いたいという気持ちも出ていますしね。そしてシンガポールは私たちが心配する以上に、戦略的に先のことを考えています。実はCBに入る前の段階から、海外から食料の調達先を分散させたいので、日本で食材を調達できないかというような相談を政府系の企業から受けたこともありました。マスクについても、私が知っている限りでは、早い時期に政府系の企業が大量に買い取っています。もちろん選挙を見据えての対応でもありますが、常に用意周到でシンガポールが沈んでいくことはありませんね。
岡田:そう、シンガポールはすごく先を考えています。もともとの出発がマレーシアからキックアウトされ、人も水もない、まだ国民の連携もないところから這い上がってきた国ですから、ヒト・モノ・カネを呼び込むのが上手。
木島:一方で全世界に向かって、となると地理的条件は関係なくなります。シンガポール型の経済成長戦略はあちこちで導入され始め、世界中でシンガポールの競合が増えていきます。
一同:そうですね。
関:ここで国・都市のプロモーション力ですよね。
木島:そうなんです。まさにマーケティングが大切。
岡田:座談会の最後にふさわしいメッセージでまとまりましたね!
(編集 / 糸井夏希)