2020年7月3日
ベトナムに生産移転の動き、中国からのシフトが加速
大きく変化するアジア。人口増加の著しいこの地域が近い将来、巨大市場となり世界経済をけん引する日が来る――。その地殻変動を探るべく、旬のニュースとそれを裏付けるデータで、経済成長著しいASEAN諸国の「今」を読み解いていきます。
新型コロナウイルスを巡る米中対立の激化で「中国リスク」が改めてクローズアップされる中、海外大手メーカーの間でベトナムに生産移転する動きが相次いでいる。米国の対中制裁によって、自社製品・部品の中国生産が難航する可能性を見越した措置だ。その動きは、5月に入り一段と顕在化。以下、代表的な2事例を弊社ニュースからピックアップしてみる。
〈事例1〉アップルがベトナムで
ヘッドホン新製品を生産か、中台以外で初
米アップルが6月の世界開発者会議(WWDC)で発表するとみられる新製品のオーバーイヤーヘッドホンは、名称が「エアーポッズ・スタジオ(AirPods Studio)」となり、中国メーカーの立訊精密工業(ラックスシェア・プレシジョン)と歌爾声学(ゴアテック)がベトナムで組立生産を行う模様だ。アップルの新製品は従来、最初は中国か台湾で生産され、普及後に他国にも移転されるパターンだったが、最初からベトナムで生産されるのは初のケースとなる見通し。5月21日に台湾・経済日報が有料メディア「ジ・インフォメーション」の報道を基に報じた。
ラックスシェアはベトナム北部バクザン省に生産拠点を持ち、昨年7月に北中部ゲアン省への、今年2月には台湾メーカーとの合弁で南部ビンズオン省への進出も発表している。一方、ゴアテックは北部バクニン省に工場を構える。
新製品の生産が全て中国メーカーに委託されるのも初めてとなる。証券会社は、中国企業は受託価格が低いため生産コストを抑制でき、ベトナム生産も中国から東南アジアに生産拠点を分散したいアップルの意向に合致していると指摘した。
なお、中国2社は中国の工場でも同製品の生産を行う模様だ。現時点ではベトナムと中国の生産比率は明らかになっていない。
(「亜州ビジネスASEAN」5/21付ニュース)
〈事例2〉スマホレンズの供給大幅増、
中国から移転進む
スマートフォン用カメラレンズ世界最大手の台湾・大立光電(ラーガン・プレシジョン)が、2020年第1四半期の財務報告書に初めてベトナムの国別売上比率を掲載した。ベトナムの割合は前年同期の5.0%から11.8%へ6.8ポイント増加した一方、中国は69.4%から61.0%へ8.4ポイント減少しており、ベトナムへのスマホサプライチェーンの移転を反映している。5月13日付台湾・経済日報が報じた。
ベトナムは韓国サムスン電子の重要なスマホ生産拠点で、米アップルは「iPhone(アイフォーン)」の組み立てを中国で行っているが、レンズの川下モジュールメーカーはベトナムにも工場を設けている。ベトナムでのレンズモジュールの生産拡大は、米中貿易戦争と中国での新型コロナウイルス感染拡大の影響を受けたものとみられる。
アイフォーンや「iPad(アイパッド)」へのレンズ供給でラーガンに次ぐ台湾・玉晶光電(GSEO)も、2018年から19年にかけて中国での売上比率が81.2%から57.7%に23.5ポイント下落した一方、ベトナムは0.01%から4.8%に急拡大しており、レンズメーカーがベトナムのモジュール生産拠点に供給を拡大する動きを裏付けている。
(「亜州ビジネスASEAN」5/13付ニュース)
成長が期待されるベトナム
電子部品工場の移転に関しては、大まかに「ハイエンドが台湾、ロー・ミドルエンドがベトナム」という流れにある。もちろん、電子部品以外の業界でもベトナムへの工場移転の動きは顕著だ。
アジアの新たな生産拠点として存在感を高めるベトナムは、相対的に底堅い成長を維持すると思われる。実際、直近の政府見通しは他のASEAN諸国を大きく上回る水準。ベトナムのグエン・チー・ズン計画投資相は5月20日、今年の国内総生産(GDP)成長率目標を従来の6.8%から一定の幅で下方修正したものの(コロナが比較的早い時期に収束するシナリオ1では4.4~5.2%、収束が後ずれするシナリオ2では3.6~4.4%)、それでもタイ(マイナス5.0〜6.0%)やシンガポール(マイナス1~4%)などの政府予想と比べた場合はかなりの健闘ぶりだ。
新型コロナ禍で各国が苦戦を強いられる中にあって、ベトナムは「負け比べ」の勝者ということができよう。
(亜州リサーチASEAN編集部)