シンガポール唯一の母乳を専門とする日本人助産師として、来星以来この6年間で受けた相談は約8,000件。日本人お母さんのメンタルケア、授乳方法の指導、子どもの成長ぶりや躾けに至る様々な悩み事に対してアドバイスするとともに、乳がんの早期発見に向けた定期検診についての啓蒙活動や、定期的な「卒乳」「離乳食」「乳幼児向けファーストエイド、AED」に関する講義・実技クラスを担当するなど、母子教育全般に携わる日々を送る。目指しているのは、シンガポールで母子ケアサポートシステムを確立することだ。「シンガポールでは、女性は出産後、早々に職場復帰するケースが多く、赤ちゃんのことはベビーシッターに任せて粉ミルクで育てることも普通です。日本とは産後の母子ケアに対する思想も体制も異なっていますが、そんな中で困っている日本人の母子をずっと見てきました。妊娠・出産に不安なく、楽しくリラックスした子育てができるよう、退院後も医療者を頼れる母子ケアセンターが必要だと思っています」。
石井さんが助産師を目指すようになったのは高校生のとき。母乳には未知のウイルスに打ち克つ免疫力があることを紹介する本を読み、感動したことがきっかけだ。看護師、助産師の資格を取得し、当時、母乳育児ケアが進んでいた米国、豪州で研修を受け、国内医療機関でキャリアを重ねてきた。これまで取り上げた赤ちゃんの数は約1,500人。「着床する前から見ているので、言葉には言い表せない喜びがあります。日本では卒乳まで見るのが一般的ですし、全員の顔を覚えています」と笑顔で振り返る。
特技は「お胸のケア」。海外では、乳腺炎になったり、母乳の分泌が少なかったりした場合、痛み止めやホルモン剤を飲んで対応するのが一般的。しこりができた場合も、切開して取り除くが、日本人助産師は薬もメスも使わずに手技でドレナージと授乳指導で治す。「日本人助産師のこの技術力は世界的にも高い評価を得ています」。そして心掛けるのは笑顔だ。「自分にも相手にも万能薬です」。
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