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シンガポール人の心を繋ぐ 生活の言語シングリッシュ

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賞金が当たったのか、新聞を見て興奮気味の女性。どんな言葉を当てはめよう? (『Huat ah!』–Zinkie Aw 写真集『Singaporelang – What the Singlish?』 より)

 

シンガポールの公用語は、マレー語、タミル語、華語(東南アジアで使われる標準的な中国語)、そして英語です。アジアでは数少ない英語を公用語としている国として、国際ビジネスの中心地の1つとなったシンガポール。振り返れば、英語の使用は、ラッフルズ卿が上陸した約200年前まで遡ります。やがて英語は民族を問わず日常的に話されるほどに定着し、マレー語やタミル語、福建語(中国の地方言語の1つ)などの影響を受け、独自の進化を遂げました。それがシンガポール口語英語、通称「シングリッシュ」です。

 

間違った英語? 特別な言語?

しかし、動詞の変化を省略するなどの文法の簡略化、発音の相違、英語由来でない特殊な表現などが問題視され、シングリッシュは外国人に理解されない、間違った英語だとみなされてきました。1999年に故リー・クアンユー元首相は、シングリッシュを「シンガポール人に負わせてはならないハンディキャップ」だと発言しています。2000年には当時の首相ゴー・チョクトン氏の提唱により「Speak Good English Movement(正しい英語を話そう運動)」が開始され、文法の間違いを正して「伝わる」英語を話すよう国民に呼びかけています。
こうした働きかけにもかかわらず、人々は自分たちだけの特別な言語としてシングリッシュを好んで使用してきました。今や日常の会話はシングリッシュ、仕事などの改まった場では「正しい」英語に切り替えるスタイルが一般的に。シンガポール人写真家、ズィンキー・アウさんもその1人です。

シンガポール人のアイデンティティの象徴に

ズィンキーさんは昨年、シングリッシュを写真で表現する「ビジュアル辞書」を作成するプロジェクト「Singaporelang-What the Singlish?」を始めました。「Singaporelang(シンガポールラング)」というのは、Singaporeとlanguage(言語)、slang(俗語)などを組み合わせた多義的な彼女の造語。「いろいろな言語の単語や表現を使って、新しい言葉を生み出してきたのがシングリッシュ。私も同じことをしたかったの」と、シンガポール人特有の発音でテンポよく話すズィンキーさん。写真は1枚ずつ、思わずシングリッシュのフレーズが飛び出しそうな場面を考え抜いて撮影したそう。今年出版された写真集では、各写真に複数の吹き出しが付いています。どんなシングリッシュが当てはまるか自由に考えて書き込め、ゲーム感覚で読める一冊となっています。当初はシングリッシュに関わるプロジェクトだと聞いて、政府の方針に反すると協力を渋る人もいたそうです。「でも、このプロジェクトがSG50祝賀基金(SG50 Celebration Fund)のサポートを受けていると話すと、安心してもらえたわ」とズィンキーさん。
今年のナショナルデー・パレードでは、語尾に付ける「lah」や、イカ(sotong)のようにぼんやりしている、というマレー語由来の表現「blur like sotong」などを形にしたフロート(山車)が現れました。建国50周年を祝う盛大なお祭りに、シンガポール人のアイデンティティの象徴としてシングリッシュが登場したのです。政府は、言語政策の面で標準英語を推進する一方、文化という面では、こうしたパフォーマンスやズィンキーさんのプロジェクトなど、シングリッシュを通じた文化活動を応援し始めています。人々が愛着を持って使い続けた結果、ついにシングリッシュは、シンガポールを代表する文化のひとつになったと言えるかもしれません。
最後にズィンキーさんに、日本人にぜひ知ってもらいたいシングリッシュの表現を教えてもらいました。「『Shiok(ショォック)』は、とっても良いということを表す言葉。語尾に感情を表すahを付けて、shiok ah!(ショッ・アー!)と使うことが多いわ。このとき、『k』は発音しません。ネガティブな意味の言葉だと『kiasu(キアス)』、人に遅れを取ることを恐れて、自分を常に優先させること。最後に『chope(チョップ)』、これもぜひ知ってほしいわ。ホーカーセンターなどで物を置いて座席を取ることよ!」3つの表現、覚えましたか? これが使いこなせれば、あなたのシンガポール生活はオッケーラー!。

 

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プロジェクトの展覧会は、ミドルロードにあるObjectifsで9月23日(水)まで開催、その後半年で島内数ヵ所を巡る予定。作品はパネルになっており、吹き出し部分を回転させて様々なシングリッシュ表現を当てはめることができる。その意味や由来は、英語、マレー語、タミル語、華語の4言語で説明されている。


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ズィンキーさんの初の写真集「Singaporelang – What the Singlish?」では、ホーカーセンターやエレベーター、HDBなどで撮影された、シンガポールらしい様々なシーンがあちこちに。


“Relac one corner”という作品の前でくつろぐズィンキーさん。友達との日常会話はシングリッシュ混じりの福建語や英語だという。「外国に行っても、シングリッシュのフレーズを聞けばシンガポール人だとわかるでしょ。シンガポール人を外国人と区別する、大切なものなんです」