今年2月下旬ごろからシンガポールの教育業界では、ICT教育の話題が持ち切りとなっていました。特に学校、塾等の教育関連の業種は大きな動きが起きそうでした。その話題のきっかけとなったのは、新型コロナウイルス【Covid-19】です。この記事では、【Covid-19】によって注目されたICTについて、シンガポールの現状とその効果や問題点を解説していきます。
目次
サーキットブレーカーにはICT教育で対応する
4月7日にシンガポール政府は新型コロナウイルス【Covid-19】の急激な感染拡大に対応するため、サーキットブレーカー(ソフトロックダウン)を発動。(6月1日までの予定)。
日本人学校。ローカル校、インターナショナルスクールスクール、そして塾に至るまで、自宅以外で行う教育活動はすべてシャットアウト。通常生徒が集まる教室を閉鎖し、自宅学習に切り替えることになりました。多くの生徒は自習ではなく、一気に生徒と教育機関とのDistance Learning(遠隔学習)、つまりオンラインによる学習に切り替えられました。シンガポール政府が教育のICT化を積極的に進めていたこともあって、塾等の授業も、大きな問題もなく移行した教室が多いようです。
シンガポールが積極的に取り入れたICT教育とは?
ICT教育とは、PCやタブレット端末、インターネットなどの情報通信技術を活用して行う総合的な教育手法のことです。「ICT」は、Information and Communication Technology 「情報通信技術」のこと。効率よく活用するには一人1台全員タブレット端末か小型のPCを持っていることが、基本的な条件になります。従来の鉛筆、消しゴム、電卓、電話等に代わる新たなツールです。今回話題になっているDistance Learning(遠隔学習)はICT教育を構成する重要な要素の一つです。
ICT教育導入のメリットとは?
1.Distance Learning(遠隔学習)が容易にできること
【Covid-19】がパンデミック化し、政府によってサーキットブレーカーが実行されても、家庭にいながら毎日の学習ができることが強みです。最近のICT機器はスペックが格段に向上。インターネット上で行われる教員・生徒間の対話、演算処理、画像処理等を同時に処理することが問題なく行えるようになりました。
2.授業のスタイルが変わり、生徒の参加意識が向上する
①タブレット端末を使用すれば多人数(30人~50人程度)でも個別の生徒の学習把握と対応が可能に
・ビデオ会議機能を利用することで。教員から生徒への一方向だけでなく、対話型・多元型授業も容易になります
②生徒の参加意識とモチベーションがアップ
・挙手をしての発言をしたがらない生徒でもSMS機能(メッセージ機能)の活用で授業への積極的参加が期待できます。
・PCがあれば、協働(※)編集などで参加しやすくなります。
・インターネットから選択・入手した画像、動画を資料として活用した授業を行うことができ、生徒の興味を高め学習に対するモチベーションを上げることが容易です。
※協働:学習について使う場合は協働と表記する場合が多い。ICTなどを活用してグループ単位で課題を解決する学習形態のこと。
3.授業準備が効率化する
・教員はタブレット端末やPC、インターネットを使うことで、板書の時間やプリントを用意する時間などを削減し、本質的な授業準備に時間を使うことができます。
・すべての教務関連の資料、成績・活動履歴等が電子データとなるので情報共有が効率的になります。
4.サイバーコミュニティをつくることができる
物理的には共有していなくても、サイバー空間で学習の場を共有することで、協働する力が自然と養成されます。多元授業、プレゼンテーション、プロジェクトワーク等の場でいかに協働するかを学ぶことになります。このコミュニティは、将来国際的なネットワーク作りにも極めて有用であることは言うまでもありません。
ICT教育の注意点、留意点
1.想像力の低下を招きやすい
ICT機器活用のやり方によっては、生徒の想像力が低下してしまう可能性があります。生徒はインターネットを使って何でもすぐに検索し、「解答に到達すればそれでよしとする短絡的思考」が強まる場合があります。生徒には、可能な限り【思考すること】【試行すること】【回り道すること】を奨め、公式暗記主義を排しましょう。
2.ICT教育を活用して学ぶべき3つのリテラシー
ICT教育で学べる3つのリテラシーには、いずれも明確なゴールと育成方針が必要になります。
①読解リテラシー(国語言語技術…論理的な母語の運用能力)
②ICTリテラシ―(ICTを自由に操作可能な知識と運用力、プログラミング等)
③数学リテラシー(問題の解法知識でなく、数学的思考・論理性と運用力)
急がれる日本でのICT教育環境整備
シンガポールは早くからICT教育環境整備を開始していましたが、世界各国の学校現場においてもICTの活用は必須のものとなりつつあります。しかし、OECDの国際教員指導環境調査(TALIS)2018において、日本の中学校教員のICT活用の割合は17.9%。参加国(48カ国・地域)中で2番目に低いという危機的状況です(参加国平均は 51.3%)。
日本でも【Covid-19】の急激な感染拡大のため、4月に緊急事態宣言が発動されました。シンガポールと同様な状況になり、多くの学校が一気にDistance Learning(遠隔学習)を導入しようとしています。【Covid-19】の蔓延がICT導入のきかっけになりましたが、より本格的なICT教育を早期に導入し、3つのリテラシーの高い多数の生徒を育成してほしいものです。
著:後藤敏夫(ごとう・としお)
WCEグループCEO
World Creative Education Pte Ltd
グローバル教育コンサルタント
Orbit Academic Centre グローバル型進学教室
シンガポール在住。1990年に海外型進学塾「オービットアカデミックセンター」を香港にて設立。日本の学校への進学指導だけでなく、国際バカロレア(IB)などの国際カリキュラムを履修した生徒たちの海外大学進学や国際併願を数多く指導する。30年間一貫して、中学・高等学校や大学のグローバル化を積極的に支援。グローバル教育の最新情報や今後の教育の方向を発信している。